教員の研究紹介
吉田 知之

認知・情動脳科学専攻 Major of Cognitive and Emotional Neuroscience

中枢シナプス形成の分子機構
Molecular mechanism of central synaptogenesis
Tomoyuki Yoshida分子神経科学 Molecular Neuroscience
吉田 知之 Tomoyuki Yoshida

研究の背景と目的 Background and Purpose of Study

神経細胞間シナプスは神経伝達物質の放出と受容に特化した特殊な接着構造であり、その形成と精緻化は脳機能発現の基盤となる複雑な神経細胞ネットワーク形成の最重要ステップの1つとなっています。また、近年の家系解析や全ゲノム関連解析等から、このシナプス形成調節の破綻が知的障害、自閉症などの神経発達障害の発病に密接に関わることが強く示唆されるようになりました。中枢シナプス形成の一端はシナプスオーガナイザーと呼ばれるシナプス前終末およびシナプス後部構造の分化を誘導する一部の細胞接着分子が担うと考えられていますが、実際にシナプス前終末、シナプス後部構造の分化誘導を担う細胞内シグナルや、極めて多様な中枢シナプス結合の特異性を保証する分子機構は未だに明らかになっていません。また、シナプスオーガナイザーシグナルの破綻が知的障害や自閉症の諸症状を引き起こすメカニズムも多くが不明のままとなっています。私たちは中枢シナプスオーガナイザーが担うシナプス形成調節の分子機構の解明とシナプスオーガナイザー機能破綻に起因する神経発達障害の発病機構の解明を目標に研究を進めています。


Neuronal synapses are junctional structures between pre- and postsynaptic terminals with highly specialized molecular machineries for neurotransmitter release and reception, respectively. Mammalian brains are composed of at least a few hundred billions of neurons connected with each other by synapses in a spatiotemporally organized manner to establish higher-order brain functions. Synapse formation is triggered by the trans-synaptic interaction between pre- and postsynaptic cell adhesion molecules called synapse organizers and dysfunctions of the synapse organizers are implicated in the pathogenesis of neurodevelopmental disorders such as autism and intellectual disability. So we intend to clarify the molecular mechanisms by which (1) synapse organizers induce pre- and postsynaptic specializations at synaptic sites, (2) synapse organizers ensure the specificity of diverged but highly organized synaptic connections in the brain, and (3) dysregulation of synapse organizers leads to pathogenesis of neurodevelopmental disorders.

本研究の領域横断性

神経細胞間シナプスの形成は脳の発達期の重要ステップであるだけでなく、記憶・学習などの脳高次機能発現の素過程のひとつと考えられます。また、シナプス形成調節の破綻は神経発達障害や神経変性疾患の発病と密接に関わることが示唆されるようになりました。従って、本研究から得られる知見は脳機能の理解のみならず、神経精神疾患の創薬標的の提示に繋がることが期待されます。

研究内容

中枢シナプスの形成と精緻化は脳機能発現の基盤となる複雑な神経細胞ネットワーク形成の最重要ステップであり、最近この調節の破綻が知的障害、自閉症などの神経発達障害の発病に密接に関わると考えられるようになりました。中枢シナプス形成の一端はシナプスオーガナイザーと呼ばれるシナプス前終末と後終末の分化を誘導する一部の細胞接着分子が担うと考えられていますが、極めて多様な中枢シナプス結合の特異性を保証する分子機構は未だにわかっていません。私達はこれまでにX染色体連鎖型知的障害、自閉症の原因遺伝子産物であるIL1RAPL1がシナプスオーガナイザーとして機能し、シナプス前部の受容体型チロシン脱リン酸化酵素PTPδを介して興奮性シナプス形成の中心的役割を担うことを明らかにしました(Yoshida et al., 2011, 2012)。更にPTPδの細胞外領域には選択的スプライシングによって非常に短いペプチド(マイクロエクソンペプチド)が挿入され、高度な多様性が生じることを発見しました。このマイクロエクソンペプチドはリガンドとの結合特異性を決定するプロテインコードとして機能することから、この高度なスプライス多様性が標的特異的シナプス形成を保証する鍵となる可能性が示唆されました ( Yamagata et al., 2015)。私たちの樹立したIL1RAPL1欠損マウス脳では興奮性シナプスの減少が認められ、行動バッテリー試験では知的障害と自閉症に関連する表現型の一部が再現されています(Yasumura et al., 2014)。このような背景のもと、以下の研究テーマを設定し、中枢シナプス形成の特異性維持機構の解明とシナプス形成調節の破綻から神経ネットワーク網構築の異常、脳システム構築の異常、そして自閉症・知的障害の発病に至る機序の解明に向けた研究を展開しています。

1.中枢シナプス形成の特異性維持機構の解明

シナプスオーガナイザーを固定化したビーズと神経細胞を共培養し、ビーズの周囲に一過的に誘導されるシナプス複合体をクロスリンカーで処理、回収、及び質量分析に供することによってシナプス誘導を担うシナプスオーガナイザーから細胞内シグナル分子に至るシナプス誘導複合体の構成因子を同定する独自の方法(シナプス・インダクトーム解析法)を開発しました。この方法を用いて中枢シナプス形成に関わるPTPδバリアント特異的リガンドを同定し、シナプスオーガナイザー群によって保証されるシナプス特性の維持機構を明らかにします。また、シナプスオーガナイザー複合体のX線結晶構造解析から、シナプス特異性維持の構造基盤を原子レベルで明らかにします (東京大学 深井研究室との共同研究)。

2.シナプス前終末構築の分子機構の解明

神経細胞間情報伝達の場であるシナプスは極めて複雑な細胞間接着構造であり、シナプス形成に伴い、その前終末及び後終末にそれぞれ神経伝達物質の放出と受容に特化した細胞内構造が構築されます。とりわけシナプス前終末にはアクティブゾーン、シナプス小胞クラスター、ミトコンドリアクラスターなど階層的な構造変化が整然と誘導されますが、これらの構造変化を調節する分子機構は不明のままです。そこでシナプス形成の引き金となるシナプス接着分子の活性化によって惹起されるシナプス前終末構築のメカニズム解明を目指します。 具体的には、IL1RAPL1-PTPδの結合からシナプス前終末が誘導される細胞内分子シグナルの構成因子の網羅的検索を行い、同定分子の機能解析を通して、シナプス前終末構築の分子機構を明らかにします。

3.シナプス誘導制御の破綻が引き起こす自閉症、知的障害の回路病態の解明

特定のシナプスオーガナイザーの欠損はシナプス形成の効率を低下させ、その結果として回路網構築に異常を引き起こすと考えられます。私達の樹立したシナプスオーガナイザーIL1RAPL1欠損マウスでは参照記憶及び作業記憶の障害、学習の遅れ、軽微な固執傾向など知的障害と自閉症の諸症状に関連した表現型が認められています。また、脳内各部において10~20%程度の興奮性シナプス (スパイン)の減少が認められており、シナプス誘導シグナルの欠損から神経発達障害の発症に至る機序を理解するための恰好のモデルです。モデルマウス脳においてどのような回路網構築の異常を認められるかを明らかにすることは、自閉症、知的障害などの神経発達障害の発症機序を理解する上で不可欠です。そこでIL1RAPL1をはじめとするシナプスオーガナイザーの機能欠損マウスをモデルとしてシナプス誘導分子の欠損が引き起こす自閉症、知的障害に関連する脳内局所神経回路構築の異常を明らかにします。

4.成体脳におけるシナプスオーガナイザーの役割の解明

多くのシナプスオーガナイザーは発達期以降も発現し続けることから、シナプスの再編が成体脳でも起こっていることが考えられます。ある種の記憶は一旦形成された後、記憶回路の遷移・固定化過程を経て、遠隔記憶として保持されます。IL1RAPL1欠損マウスでは種々の記憶テストにおいて特に遠隔記憶の形成に顕著に障害が認められることから、遠隔記憶の形成過程においてシナプスオーガナイザー機能が必要であることが示唆されました。そこで、コンディショナルノックアウトマウスを用いて記憶回路の遷移・固定化におけるシナプスオーガナイザーの役割を明確にします。また、記憶回路の遷移・固定化過程においてシナプスオーガナイザー機能を必要とする神経回路を明らかにすることによって遠隔記憶形成メカニズムに迫ります。

参考文献

  • Yoshida, T., Yasumura, M., Uemura, T., Lee, S., Ra, M., Taguchi, R., Iwakura, Y. and Mishina, M*. (2011) IL-1 receptor accessory protein-like 1 associated with mental retardation and autism mediates synapse formation by trans-synaptic interaction with protein tyrosine phosphatase δ. J. Neurosci. 31, 13485–13499.
  • Yoshida, T., Shiroshima, T., Lee, S., Yasumura, M., Uemura, T., Chen, X., Iwakura, Y. and Mishina, M*. (2012) Interleukin-1 receptor accessory protein organizes neuronal synaptogenesis as a cell adhesion molecule. J. Neurosci. 32, 2588–2600.
  • Yamagata, A., Yoshida, T*., Sato, Y., Goto-Ito, S., Uemura, T., Maeda, A., Shiroshima, T., Iwasawa-Okamoto, S., Mori, H., Mishina, M., Fukai, S*. (2015) Mechanisms of splicing-dependent trans-synaptic adhesion by PTPδ–IL1RAPL1/IL-1RAcP for synaptic differentiation. Nat. Commun. 6, 6926.
  • Yamagata, A., Sato, Y., Goto-Ito, S., Uemura, T., Maeda, A., Shiroshima, T., Yoshida, T*., Fukai, S*. (2015) Structure of Slitrk2–PTPδ complex reveals mechanisms for splicing-dependent trans-synaptic adhesion. Sci. Rep. 5, 9686.)
  • Uemura, T*., Shiroshima, T., Maeda, A., Yasumura, M., Shimada, T., Fukata, Y., Fukata, M., Yoshida, T*. (2017) In situ screening for postsynaptic cell adhesion molecules during synapse formation. J. Biochem. In press, doi:10.1093/jb/mvx030
タイトルとURLをコピーしました