教員の研究紹介
田村 了以

認知・情動脳科学専攻 Major of Cognitive and Emotional Neuroscience

記憶の神経メカニズム
Neural Mechanism of Memory
Ryoi Tamura統合神経科学 Integrative Neuroscience
田村 了以 Ryoi Tamura

研究の背景と目的 Background and Purpose of Study

ヒトも含め霊長類(primates)では海馬(hippocampus)は側頭葉内側部に位置し、記憶の形成と一定期間の保持に重要な役割を果たす。海馬を含む側頭葉内側部に損傷のある患者では健忘症(amnesia)が起こり、受傷後に新たな記憶を形成できなくなる前行健忘と、受傷前数年に及ぶ逆行健忘の両方が見られる。この逆行健忘は、受傷時点に近いほど重篤であるという時間勾配があることも特徴である。 海馬が損傷しても障害の起こる記憶と起こらない記憶がある。たとえば、海馬損傷により、いつ、どこで、だれが(あるいは何が)、どうしたといった出来事の記憶(エピソード記憶)は障害されるが、技能や習慣など、いわゆる“からだで覚える”記憶は正常人とかわらない。 損傷患者や破壊実験から得られたこれら知見より、海馬がエピソード記憶に重要であることが明らかにされたが、海馬の個々のニューロンやそれらニューロン集団が、記憶の形成や保持にどのように関与しているのかは知られていなかった。われわれはこの点を明らかにするために、ヒトに近い霊長類であるサルを用い、電気生理学的手法と行動学的手法とを組み合わせて研究を行っている(文献1~4)。


In primates including humans, the hippocampus is located in the medial part of the temporal lobe, and is important for the formation and temporally limited storage of memory. Patients with damage to the medial temporal lobe including the hippocampus, exhibit both severe anterograde amnesia (impairment of new memory formation) and temporally graded retrograde amnesia (a memory item is more severely impaired if it is memorized closer to the time of hippocampal damage). There are several kinds of memory; some sensitive, and others insensitive, to hippocampal damage. For example, damage to the hippocampus produces impairment of episodic memory (i.e., memory for daily events), whereas it does not produce deficits in procedural memory (e.g., skills and habits). The importance of the hippocampus for episodic memory has been demonstrated from the findings shown in amnesic patients and lesion studies using animals. However, little is known about the role of individual hippocampal neurons (or neuronal ensembles) for the formation and storage of memory. The purpose of our research is to clarify the neuronal mechanisms of memory formation and storage in the hippocampus of monkeys, species very close to humans, using electrophysiological and behavioral approaches1-4).

本研究の領域横断性

われわれは、記憶の形成と貯蔵における海馬の機能を、in vivoで電気生理学的および行動学的に解析するための実験手法に精通しており、サルばかりでなくラットやマウスでこれら高次神経機能をスクリーニングする評価系を提供することも可能である。

研究内容

I. サル海馬におけるシナプス可塑性

シナプス結合強度の可塑的変化(シナプス可塑性)は学習・記憶の神経基盤とされ、分子・細胞レベルからシステム・行動レベルまで研究されている。とくに、高頻度反復刺激後長期増強現象(long-term potentiation: LTP)や低頻度反復刺激後長期抑圧現象(long-term depression: LTD)は、長期記憶の形成・維持の観点から詳細に研究されている。しかし国内外を通し、これまで研究で使用されてきた動物種は、げっ歯類までであり、これらの研究で得られた知見がヒトを含む霊長類にも当てはまるか不明であった。 霊長類では海馬が脳の深部に位置するため、電極刺入などの侵襲的な操作を正確に行うことが困難であるために、この操作が不可欠なシナプス可塑性に関する in vivo の研究は行えなかったのが実情である。しかしわれわれは最近、磁気共鳴画像法、脳定位固定法および誘発電位記録法を組み合わせることにより電極刺入操作を極めて高い精度で行う技術を開発し(文献3,4)、サル海馬のシナプス可塑性に関する研究に着手した。 現在、サルの海馬でも高頻度反復刺激により LTP は誘導できるが(図1)、げっ歯類と比較して低頻度反復刺激による LTD は誘導されにくいことがわかってきた。

II. サルにおける海馬脳波と睡眠ステージとの相関

睡眠、特にノンレム睡眠はエピソード記憶の固定化を促進する。上記 I で述べたように、海馬はニューロン間のシナプス結合強度を変化すること(シナプスの可塑的変化)により記憶を形成し貯蔵するが、睡眠による記憶固定化促進はこのシナプス可塑性の修飾により生じると思われる。これまで、海馬のシナプス可塑性の指標となる神経活動(脳波や誘発電位、ニューロン活動)への睡眠の影響については、げっ歯類を用いた研究で検討されてきた。 しかし、ヒトを含め霊長類で、電気生理学的な変化としての海馬神経活動への睡眠の影響を調べた研究はほとんどない。これにアプローチするためわれわれは、サルが実験室のケージ内で夜間に眠っているときに、行動(画像)、皮質脳波、海馬脳波、眼球電図および筋電図を連続記録し、睡眠ステージと海馬脳波活動との相関を解析した。 サルの平均睡眠時間は約9時間であり、平均睡眠率は73.7%であった。各睡眠ステージの割合は、ノンレム睡眠ステージ I-II が67.7%、ノンレム睡眠ステージ III-IV が10.4%、レム睡眠期が21.0%であった。海馬脳波は、ノンレム睡眠ステージでは比較的高振幅の徐波が、またレム睡眠ステージでは低振幅の速波が優勢に出現した(図2)。

各睡眠ステージにおける海馬脳波を高速フーリエ変換により定量的解析した結果、その振幅は覚醒時を基準とすると、δ帯域は睡眠ステージ I-II で1.6倍、睡眠ステージ III-IV で2.1倍、θ帯域は睡眠ステージI-IIで1.5倍、睡眠ステージIII-IVで1.6倍に増加したが、明瞭な鋭波は認めなかった。レム睡眠期では、γ帯域だけが1.2倍に増加した(図3)。 以上の結果より、(1)サルの睡眠構造はヒトに類似するが、ヒトよりも、睡眠ステージ I-II とレム睡眠期は多く睡眠ステージ III-IV は少ない傾向が認めらること、(2)ノンレム睡眠期やレム睡眠期に、それぞれ、鋭波やθ波は優位には出現せず、げっ歯類と霊長類との間に動物種差のあることなどが明らかとなった。現在はさらに、これら睡眠ステージに個々の海馬ニューロンがどのような活動性を示すかを明らかにする研究に着手している。

参考文献

  1. Tamura R, Ono T, Fukuda M, et al. Spatial responsiveness of monkey hippocampal neurons to various visual and auditory stimuli. Hippocampus 2: 307-322, 1992.
  2. Yamaguchi H, Tamura R, Kuriwaki J, et al. Effects of T-588, a cognitive enhancer compound, on synaptic plasticity in the dentate gyrus of freely moving rats. J Pharmacol Exp Ther 298: 354-361, 2001.
  3. Asahi T, Tamura R, Eifuku S, et al.: A method for accurate determination of stereotaxic coordinates in single-unit recording studies in monkeys by high-resolution 3-dimensional magnetic resonance imaging. Neurosci Res 47: 255-260, 2003.
  4. Tamura R, Eifuku S, Uwano T, et al. A method for recording evoked local field potentials in the primate dentate gyrus in vivo. Hippocampus in press.
タイトルとURLをコピーしました