教員の研究紹介
源明 誠

先端ナノ・バイオ科学専攻 Major of Advanced Nanociences and Biosciences

水の構造評価に基づく高分子材料設計
Molecular Design of Polymeric Materials Based on the Water Structure
Makoto Gemmei-Ideナノサイズ機能性分子設計学 Nano-Size Functional Molecule Design Chemistry
源明 誠 Makoto Gemmei-Ide

研究の背景と目的 Background and Purpose of Study

高分子と水は,ともに身近に存在する物質であり,両者のかかわりについてはこれまでに多くの研究がなされている。高分子材料を扱う際は,真空中でない限り常に水の収着が生じており,材料の強度や接着特性などに大きな影響を与える。これらの相互作用,高分子表面における水の構造,つまりは高分子材料に対する水のふるまいを理解することは,高分子材料の開発や加工成型技術の改良等に大きく寄与するものと期待される。私たちのグループでは,振動分光法(近・中赤外分光法およびラマン分光法)により捉えた固体高分子および高分子水溶液中の水の構造から,高分子材料の機能発現における水の役割の解明を試みている。


Polymer and water are ubiquitous materials. Many studies on the interaction between the polymer and water (molecules) have been reported. Adsorbed water (molecules) into the polymeric materials is considered to change the mechanical, adhesive, surface potential, and wettability properties of the polymers, which indicates that the understanding of water structure in the polymer matrices and/or on the surface of polymer solids is important for the development/improvement of the polymeric materials. Our research group studies the role of water (molecules) on the polymer functions based on the water structure given by the vibrational spectroscopy (near-/mid-infrared spectroscopies and Raman spectroscopy).

本研究の領域横断性

材料の機能発現の機序を,その化学構造のみから的確に予測することができないことは明らかである。もっともありふれた媒質である「水」は,その特異な物理化学的特性から非常に多くの研究がなされている液体の一つであるが,材料機能の発現に媒質である水の構造(物理化学的特性)がどのように関わっているのかを解明することは,接着(剥離),濡れ性,あるいは生体適合性とは何か,を明確にすることであり,あらゆる分野において,基礎的かつ決定的な情報をもたらすものと期待される。

研究内容

水-高分子系における水の構造解析に頻繁に用いられる示差走査熱量法(DSC)では,原理的に捉えることのできない水の相転移が存在すること,また,水の三態間でのあらゆる相転移が起こりうることを赤外分光法により明らかにした研究を紹介する。DSC法では,高分子-水系の熱摂動に伴う発/吸熱を液体水↔氷の相転移と解釈し,自由/中間/不凍水に大別し,材料の機能との相関が議論されている。3種の水のうち,不凍水は,真の含水量からDSC曲線から得られる自由/中間水の量を減じて算出される。これは,DSC法で捉えられない水が不凍水であると同時に,その量が装置の感度に依存することを意味する。含水率が高い場合は問題ないと考えられるが,極低含水率では深刻な問題となりうる。実際に,これまでのDSCによる評価から,不凍水のみ存在するとされてきた極低含水率のアクリレートポリマー(具体的には,含水率0.44 wt%のポリ-2-ブチルアクリレート,図1)にも,明確に水の凍結/融解によるシグナルが得られ,~50%の水が不凍水でないことが確認された。[1] この結果は,単に装置感度の違いに依拠するところであり,特筆すべき点はない。しかしながら,一般的解釈によれば,固体高分子中の水の相転移は,液体水↔氷のみであり,すなわち図1の結果は,室温においても液体水が存在することを意味する。一方,試料調製の煩雑さ,熱力学的パラメータが得られないなどの不利な点はあるが,水への感度が高く,その場測定が可能な赤外分光法による検討によれば,水蒸気接触により非水溶性高分子中に収着した水は,ポリ-2-ブチルアクリレートを含め,室温では液体水は存在しないことがわかっており,この結果と一致しない。赤外分光法および図1の結果をともに説明しうるには,固体高分子中の水の凝縮・蒸発を仮定しなければならない。

Figure 1. DSC curves for the hydrated poly(2-butylacrylate)

温度可変赤外分光法により,ポリ-2-ブチルアクリレート中の水の相転移挙動(図2A)を解析したところ,液体水および氷の温度依存スペクトル(図2B)との比較から,(1)室温では3640,3560 -1の鋭い成分のみであることから,単分子的に存在していること,(2)降温では,低波数側に新たな成分が現れたことから,単分子状の水が凝縮し,この液体水が凝固し,蒸着成長すること,(3)昇温では,昇華/融解/蒸発することがわかった。特筆すべきは,(4) ~90%の水が凍結すること,(5)昇温による氷の消滅の大半が昇華によることが判明した。図1と(4)の相違は,単に手法の水に対する感度の違いを反映した結果ではあるが,見過ごすことのできない差異がある。蒸着/昇華は,熱流束のみ捉えるDSC法では,直接的証拠を得られない知見であり,見ることのできない水である。さらに,図1のDSC曲線からも明らかなように,凝縮/蒸発する水もDSC法では,見えない水に該当する。単に水の昇華/蒸着エンタルピー(±51 kJ·mol-1),融解/凝固エンタルピー(±45 kJ·mol-1)の大きさを考慮すると,DSC法で見えないのは一見不思議だが,それぞれの相転移を水分子の高分子マトリックスからの分離,マトリックスへの溶解と考えれば,ポリ-2-ブチルアクリレートへの水の脱/収着エンタルピー(±42 kJ·mol-1)が近いことから説明できる。 このようにに体高分子中の水は,液体水↔水の相転移だけでなく三態間で起こり得て,その一部は,熱量分析で見ることは難しいことが分かった。また,高分子のガラス転移温度の違い,構成元素の違いにより,凝縮を経ない氷への相転移が観測される系[2] ,三態間の通常の相転移のみならず昇温過程で蒸着を経て氷成長する系[3],あるいは,これまでのDSCの報告通り相転移は起きない系[4]など,多様な系があることが分かっており,また,再結晶化過程が高分子中の水分子の拡散に制御されていることも明らかにしている[5]

Figure 2. Temperature dependence of IR spectra of water sorbed into poly(2-butylacrylate) (A) and pure water (B), and temperature dependence of A3280 and A3640 (C).

参考文献

  1. Gemmei-Ide, M.; Ohya, A.; Kitano H. “Thermally Latent Water in a Polymer Matrix” J. Phys. Chem. B 2010, 114, 12863.
  2. Gemmei-Ide, M.; Ohya, A.; Kitano H. “Recrystallization of Water in Non-Water-Soluble (Meth)Acrylate Polymers is Not Rare and is Not Devitrification.” J. Phys. Chem. B 2012, 116, 1850.
  3. Gemmei-Ide, M.; Motonaga, T.; Kasai, R.; Kitano, H. “Two-step Recrystallization of Water in Concentrated Aqueous Solution of Poly(ethylene glycol)” J. Phys. Chem. B 2013, 117, 2188.
  4. Gemmei-Ide, M.; Miyashita, T.; Kagaya, S.; Kitano, H. “Mid-infrared spectroscopic investigation of the perfect vitrification of poly(ethylene glycol) aqueous solutions” Langmuir 2015, 31, 10881.
  5. Yasoshima, N.; Fukuoka, M.; Kitano, H.; Kagaya, S.; Ishiyama, T, Gemmei-Ide, M. “Diffusion Controlled Recrystallization of Water Sorbed into Poly(meth)acrylates Examined by Variable Temperature FT-IR and Molecular Dynamics Simulation” J. Phys. Chem. B 2017, 121, 5133.
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