教員の研究紹介
鈴木 道雄

認知・情動脳科学専攻 Major of Cognitive and Emotional Neuroscience

統合失調症早期病態の脳画像研究
Brain imaging studies for pathophyisiology of early stage schizophrenia
Michio Suzuki神経精神医学 Neuropsychiatry
鈴木 道雄 Michio Suzuki

研究の背景と目的 Background and Purpose of Study

統合失調症(schizophrenia)は思春期後期から成年早期に好発する主要な精神疾患であり、統合失調症とその関連疾患を含めた精神病性障害(psychotic disorders)の生涯発病率は2.3%にのぼる。統合失調症は長期に渡る障害の原因としても重要であり、すべての疾病による損失年数の2.8%が統合失調症によるものとされる。近年の脳画像(brain imaging)研究により、統合失調症の経過中に脳の進行性変化(progressive brain change)が生じることが明らかになってきた。 大脳灰白質(cerebral gray matter)の進行性減少は疾患早期により顕著であることが示唆されているが、そのような進行性変化の原因や時間経過はまだ明らかではない。統合失調症の特に初期段階における進行性変化の背景にある病的過程(pathological processes)を解明することにより、長期予後(long-term outcome)改善のための、より効果的な早期介入(early intervention)法の開発への道が開けるであろう。


Schizophrenia is a major psychiatric disorder typically develops in late adolescence or early adulthood. The lifetime prevalence of schizophrenia and related psychotic disorder is 2.3%. Schizophrenia is an important cause of long-term disability, to which 2.8% of all years lived-with-disability has been attributed. Recent brain imaging studies have revealed that progressive brain changes occur in the course of schizophrenia. Although it has been suggested that progression of cerebral gray matter loss is accelerated in the early phase of illness, the cause and time course of such progressive changes remain to be clarified. Elucidating the pathological processes underlying the progressive changes especially in the early stage of schizophrenia could pave the way for development of more effective interventions toward better long-term outcome

本研究の領域横断性

我々の研究室では、主に統合失調症を対象に、その早期病態を解明し、早期診断・早期治療を推進するために、認知機能、脳画像、神経生理学的検査、血液マーカーなどさまざまな生物学的指標について検討を行っている。神経精神疾患の新たなバイオマーカーの開発や、革新的な治療薬の創出・開発につながるトランスレーショナルな共同研究に、臨床サイドから参加することができる。

研究内容

1)統合失調症早期の脳形態変化

統合失調症が発症してから、薬物療法などによる適切な精神科的治療が開始されるまでの期間を、精神病未治療期間 duration of untreated psychosis (DUP) と呼ぶ。DUP とは要するに治療開始の遅れであり、DUP が長いと、長期の臨床的転帰が不良となることが知られている。また統合失調症の発症から数年間は、臨床症状や社会機能の悪化が生じやすい脆弱な時期であり、この時期の治療の成否が長期予後を左右することから治療臨界期 critical period と呼ばれる。このような統合失調症早期における臨床的進行の背景にある脳病態を明らかにすることは、長期予後改善のために極めて重要である。 我々は磁気共鳴画像(MRI)の関心領域法および voxel-besed morphometry (VBM) による形態計測研究を継続して行っている。これまでに、DUP と左上側頭回の体積が逆相関すること(文献1)、また初回エピソード患者の縦断的検討により、上側頭回などの灰白質が進行性に減少することを見出し(図1、文献2)、統合失調症の発症早期には、進行性の灰白質減少などの脳形態変化が活発に生じていることを明らかにした。

2)前駆期および発症前後の脳形態変化

萌芽的な統合失調症様症状を特徴とする統合失調型障害は、統合失調症の発症に先行して認められることもあり、その場合は前駆状態として捉えることができる。我々が行った統合失調型障害患者と統合失調症患者の脳形態の比較によると、扁桃体、海馬などの体積減少は、統合失調型障害と統合失調症に共通して認められ、脆弱性を表す変化であることが示唆されたのに対し、前頭前野は、統合失調症では広範囲に体積減少が認められたのに対し、統合失調型障害では保たれていた(文献3)。 前頭前野では思春期にも活発な成熟的変化が進行しており、その異常が統合失調症の発症に関与する可能性があるが、それを検証するには、統合失調症の発症前後における縦断的追跡研究が必要である。 近年の国際的な精神病早期介入の活発化に伴い、そのような縦断的検討も行われるようになっている。軽微な精神病症状など一定の徴候を呈し、操作的診断基準により、精神病の発症リスクが高い状態である“at risk mental state (ARMS)”と診断される者のうち、30~40%が1~2年以内に統合失調症などの明らかな精神病を発症する。我々は、この分野において先進的な研究を推進しているメルボルン大学との共同研究により、ARMS の発症前後で左上側頭回体積が有意に減少することなどを明らかにした(図1、文献4)。

Figure 1. Longitudinal follow-up studies in schizophrenia.

これらの結果は、前駆期においてすでに、精神病症状の発現に重要と考えられる脳部位の形態学的変化が進行していることを示し、そのような変化の阻止が発症予防や長期予後の改善に寄与しうることを示唆するものである。

3)臨床研究の発展と臨床サービスの充実

我々は、初回エピソード統合失調症だけでなく、前駆期への早期介入を推進するために、2006年から ARMS の若年者を対象とした、わが国では数少ない専門臨床サービスである Consultation and Support Service in Toyama(CAST)を行っている。CAST サービスの主な目的は、(1)ARMS が疑われる思春期・青年期の若者やその家族に対して、専門家による相談、診断、治療の機会を提供する、(2)すでに精神病を発症している患者に対して、エビデンスに基づいた医療をできるだけ早期に提供する、(3)統合失調症の発症リスクの神経生物学的基盤の解明に貢献する、(4)統合失調症前駆状態の、新しくかつより良い診断および治療法の開発に寄与する、ことである。

参考文献

  1. Takahashi T, Suzuki M, Tanino R, Zhou S-Y, Hagino H, Niu L, Kawasaki Y, Seto H, Kurachi M. Psychiatry Research Neuroimaging (2007) 154: 209–219.
  2. Takahashi T, Suzuki M, Zhou S-Y, Tanino R, Nakamura K, Kawasaki Y, Seto H, Kurachi M. Schizophrenia Research (2010) 119: 65-74.
  3. Suzuki M, Zhou S-Y, Takahashi T, Hagino H, Kawasaki Y, Niu L, Matsui M, Seto H, and Kurachi M. Brain (2005) 128: 2109-2122.
  4. Takahashi T, Wood SJ, Yung AR, Soulsby B, McGorry PD, Suzuki M, Kawasaki Y, Phillips LJ, Velakoulis D, Pantelis C. Archives of General Psychiatry (2009) 66: 366-376.